会長挨拶

会長に就任して


原子衝突学会会長
田沼 肇

1979年に開催された京都ICPEACの組織委員会として1976年に当時は仙台市三条町にあった東北大学科学計測研究所 (東北大科研,現在の多元研) において原子衝突研究協会が設立されました。私は1984年にこの研究所に院生として配属され,翌年に協会へ入会しました。それから38年経って,2012年に原子衝突学会と改称された学会の会長になるとは思いも寄りませんでした。小学校の頃から自宅で電気分解や簡単な試薬の合成などを趣味にしていた変な子供でしたが,結晶の色やアレニウス則を理解したくて化学の門を叩いたはずが,学部1年での量子化学の講義と福井謙一博士のノーベル化学賞に触発されて少し道を踏み外し,井上鋒朋先生が訳された「分子衝突と化学反応」に影響されて,井上先生の主宰されていた科研の研究室に入ったことが決定打となって,原子衝突 (低エネルギーイオン衝突) を研究分野に選んでしまいました。化学専攻に在籍しながら原子衝突研究協会だけでなく物理学会にも顔を出し,沢山の先達・先輩・友人と出会うことができ,大きな財産を頂きました。特に原子衝突若手の会での縁は未だに続いています。学位取得後に某電機メーカーでブラウン管用カソード材料の研究を3年弱行いましたが,学生時代からの縁で都立大に転職し,以来30年間も同じ研究室でイオン衝突の研究を続けています。

原子衝突とその母体である原子分子物理学は,量子力学の検証を狙えるほど基礎的であると同時に関連研究分野のみならず産業とも密接につながる応用性を持っています。私自身,13.5 nmの次世代半導体リソグラフィー用極端紫外光源開発に阪大レーザー研などのプラズマ物理の方々と携わったり,サリンなどの化学兵器を検出する装置開発を科学警察研究所や理研計器(株)と行って,基礎的な原子分子のデータが世の中の役に立つ様子を見てきました。さらには,同じ学科のX線観測衛星を開発・運用しているグループに触発されて太陽風電荷交換によるX線放出過程の地上実験を10年近く続け,数年前からは連星中性子星合体による重元素合成の研究をしている天文学・宇宙物理学・核物理学のグループとの共同研究も行っています。最近では共同研究プロジェクトとして,ALMAによる原始惑星系形成領域の電波観測・ハヤブサ2のもたらした小惑星リュウグウの分析・化学進化モデル計算・宇宙塵表面を模した固体表面での化学などのチームで構成されたアストロケミストリー研究の一翼として,約20年振りにイオン分子反応の研究を再開しました。また,核融合研との共同研究は期間が長い割には成果が出ておらず,余り胸を張って紹介できませんが,一人の原子物理屋として,これだけ様々な異分野の研究者と一緒に議論する機会がありました。原子衝突と他分野との繋がりを総括することは難しいですが,様々な研究分野と接点を持つことができるのが,基礎的な研究分野であることの証であるように思えます。

自己紹介ばかり続けたのは,出自や経験の多様性が本学会の特徴の一つだと感じたからです。そして,原子衝突および関連分野という幹の研究を育てつつも,広く様々な分野に枝や根を伸ばすことで,物質科学の発展に寄与していくことが本学会の役割だと思っています。2022年4月現在,COVID-19によるパンデミックは終息の兆しが見えてきたと楽観視するにはまだ早いかも知れませんが,研究活動はかなり正常化されてきました。前長嶋会長をはじめ歴代会長が努力されてきたことが若手の育成です。学会・研究会がオンラインばかりで,他大学のスタッフや若手と直接触れ合う機会を失った学生の将来に不安を感じています。是非,リアルな会話と議論を復活させて,失われた時間を取り戻して欲しい。本学会もその一助になれればと思っています。

2022年4月 田沼 肇


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